国税庁は「所得税基本通達の制定」について、令和4年8月1日から8月31日まで意見公募を募っていましたが、この改正案に対して1ヶ月の間に7,059通もの意見が殺到しました。
【参考】「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)(雑所得の例示等)に対する意見公募の結果について(国税庁)

この意見公募以前に行われていた「移転価格事務運営要領」(事務運営指針)の一部を改正案については、1ヶ月の間に6通しか意見が寄せられませんでした。
【参考】「移転価格事務運営要領」(事務運営指針)の一部を改正する案に対する意見募集の結果について

このことから、今回の「所得税基本通達の制定について」の世間の関心の高さが伺えます。
なお、他の改正案等に対する意見募集の結果等については、こちらから検索可能です。(e-GOVパブリック・コメント)

そもそも所得税基本通達とは何かというと、
通達は行政内部における上級行政庁が下級行政庁に対して、法令の解釈や行政の運営方針を示したものです。
したがって、所得税基本通達は、所得税に関する法令についての解釈指針を示したものであります。

通達は行政庁内部で完結するため、国会を通して審議された後に立法される法律に比べて速やかな手続きによって改正等が可能です。
そのため、時々刻々に変化する市場経済環境に対応し易い性質を有していると解されます。

少し話が脱線しましたが、
今回の所得税基本通達の制定の内容について、

意見公募の段階では、
「副業収入が300万円以下の場合には雑所得」であると示されましたが
意見公募後には、
「副業収入が300万円以下であっても帳簿書類等の保存がある場合には事業所得に該当する」と変更されました。

この通達の一部改正が行われることになった背景として、

例えば、サラリーマンで副業として農家を始めた方がいるとします。
新しく農家を始めるとすると一般的に400万円程度の初期投資が必要であり、トラクター等の設備投資、田畑の整備費用等々、様々な諸経費(減価償却方法等の選択によっても異なります)がかかります。
そのため、初年度から黒字化するのは大変に困難であり、赤字計上になってしまう方がほとんどです(農家に限らず、ほとんどの事業について初年度は赤字になる場合が多いです)。

この場合において、農家は副業(事業)に該当し所得区分は事業所得になるため、赤字計上になった事業所得は給与所得との損益通算が行われ、結果的に課税所得が減少するという事になります。

今回の例のように、真面目に農家(事業)を営み、結果として赤字計上になってしまったため課税所得が減少するということは、何も違法ではなく真実の申告であるので何ら問題はありません

しかし、この損益通算を利用するために、事業を行っているとして多額の経費を計上して事業所得の赤字計上を行って課税所得を圧縮し、租税負担の軽減を図る方法を行っている方が散見されました。

ここでの問題は、事業所得として真面目に行っている方と事業を行っているとして多額の経費を計上している方が、同様に事業所得に該当し、損益通算が行えるということにあります。

損益通算ができる所得区分というのは、事業所得の他、不動産所得、譲渡所得、山林所得とあります(学生時代は「フジサンジョウ」と覚えておりました)。
【参考】国税庁HP・損益通算

副業の確定申告について、事業所得以外で該当する所得は、給与所得や事業所得等の9つの所得以外の所得として雑所得に分類するということになります。

雑所得については損益通算が認められておりません



そこで、今回の通達改正案では収入金額に300万円の線引きを行い、収入金額が300万円以下であればすべて雑所得に分類し損益通算は行えないとし、前述した給与所得者の副業による赤字計上の租税負担の軽減を図る、いわゆる給与所得者の副業損益通算スキームを防ぐ目的で通達改正を起案しました。

しかしながら、冒頭述べたとおりこの案に対して1ヶ月の間に7,059通もの多数の意見が寄せられました。

意見公募の中には
・今回の通達改正は、副業を推進する政府の方針に逆行するものではないか。
・本業か副業かで所得区分を判断すべきではない。
・会社を辞めずに起業した者は、給与所得を得つつ、事業収入が300 万円を超えない場合が多いが、こうした者も業務に係る雑所得に区分されるのか。
・開業届が提出されているのであれば、副業であっても、事業所得と取り扱うべきである。
・事業所得と業務に係る雑所得の判定について、収入金額300万円は大きすぎる。

このような意見を踏まえて当初の一部改正(案)が、その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がある場合には事業所得に該当し損益通算が認められる(逆に言うと、収入金額が300万円以下で帳簿書類の保存がない場合には、雑所得に該当し損益通算が認められません。)というように変更になりました。

事業所得者には、記帳・帳簿書類の保存が義務付けられており、一般に帳簿書類の保存がある場合には、営利性や有償性、継続性や反復性、事故の危険と計算における企画遂行性があると考えられるためです。
【参考】「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)(雑所得の例示等)に対する意見公募の結果について(国税庁)

意見公募の中にでもありましたが、当初改正案ではまさに「副業を推進する政府に逆行」している内容でありましたが、変更後の意見公募を踏まえた内容では、単純に収入金額300万円で事業所得か雑所得かの線引きが行われるということはなくなりました。

ちなみに厚生労働省のホームページでも副業・兼業の普及推進を行っております。(厚生労働省HP)

日本では、今後更に少子高齢化は進んでいきます。そのため副業は日本の労働力の底上げ、知識やスキルアップ等による生産性の向上等が図られるため、副業は推進されるべきであると私は考えます。

今回の変更後の改正案では、新しく副業をやってみようと思っている方の足枷になるようなものではなく、給与所得者の副業損益通算スキームのみが封じられることとなりました。

結論としては、真面目に副業を行って当初は赤字でも、将来的には自らの収入の一部を構成するように一生懸命副業に取り組んでいれば何ら問題はなく、いままで通り損益通算が認められるということです。
その根拠として必ず帳簿書類を作成し、適正に申告を行うことが重要です。

開業したのであれば、開業届出、青色申告承認申請書、減価償却資産の償却方法の変更の承認の申請など(有利不利の検討が必須です。)を提出し、青色申告特別控除やその他税制のメリットを享受し、税金を納めてもなお手元に資金が残るような収益性の確保を目標に、事業を成長させていくことが重要であると私は考えます。

※当該記事は個人の意見であり、税務判断の指針を示したものではありません。
※税務事例は多種多様であるため個別具体的な税務判断に関しては、職業専門家である我々税理士にご相談ください。

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